中王区の女と帝統と事故チュー

 シブヤのFlling Posseといえば、この界隈では知らぬもの無しと言っていいほどの有名チームだ。メンバーの実力は折り紙付きで、それぞれに個性がある。シブヤ内ではもちろん、他ディビジョンにもファンがいるほどだ。しかし知名度と品行は特に比例しないもので、彼らは度々事件を起こしては、中王区からの苦言を頂戴していた。DRBの参加者は得てしてそういうものである。
 今回〇〇がシブヤに派遣されたのもそういう事情からだった。〇〇は行政監察局に所属しており、若いながらも世の治安を守るべく日々真面目に職務に励んでいる。まだ一介のヒラ局員にはすぎないが、同年代の碧棺合歓が副局長となったことで〇〇もいっそう奮起しているところだった。私も彼女に負けないくらい頑張って、中王区に、いや世の中に住んでいるみんなが平和に過ごせる社会にしていくぞ。〇〇は心の底からそう考えている。小さな仕事だからといって嫌がるようなことはない。しかし年上の、しかも男が、妙な振舞いをして中王区の手を煩わせることは、ひどく〇〇の神経を苛立たせるものだった。

「どうしてこんなに簡単なことをなおざりにするんだっ! たった数枚の書類さえきちんと提出すれば、犯人拘束への貢献を鑑みて処分無しとされた温情を、まさか無にするつもりじゃあないだろうな!」
「ンも~。〇〇オネーサ~ン。分かったってばあ。今ちゃんと書いたから、ネッ? ゆるーしてっ♡」
「これで不備があったら承知しないからな、まったく……」

 飴村乱数の事務所で〇〇は一人憤慨していた。対するFlling Posseの三人は、面倒だなあという空気を隠そうともしていない。リーダーである乱数はまだ協力的な態度をとっていたが、ソファでくつろぐ幻太郎と帝統の二人は完全に我関せずといった様子であった。その姿勢がまた〇〇の怒りを加速させる。目的の書類は受け取ったが、もう一言二言言ってやらねば気が済まないと、〇〇は腰に手を当て肩を張り口を開く。

「いいか、お前たちはこのような細々した仕事なんてどうでもいいと思っているのかもしれないが、それは違う! こういったものを大事に、一歩一歩積み重ねていってこそだな……!」
「乱数、用件は済んだのですからもうお帰り願った方がよろしいのでは?」
「まー、今回はこっちもちょっと悪いし? これで気が晴れるんならもう少しくらい聞いてあげよっかな~って」
「ゲエ……。俺はもう勘弁してほしいぜ。そろそろメインレースもあっからよ、お先に失礼っと」

 ヒョイとローテーブルを跨いで出口へ向かおうとする帝統。素早いその行動に、苛立った〇〇は咄嗟に強く帝統のモッズコートの胸倉を掴んだ。

「待てッ! お前たちの行動のために帰れなかった局員の恨み分くらいは聞いてもらうから、ワ……!?」
「どわっ……!」

 強く引っ張られたせいで、帝統は大きくバランスを崩す。「ひゃ……っ!」たたらを踏んでそのまま〇〇を巻き込み、二人とも体勢を持ち直せなかった。辺りのものを蹴飛ばし大きな音を立てて床へと倒れ込む。過程と周囲の様子さえ見なければ、帝統が〇〇を押し倒すような恰好だった。

「あーあ~。ダイジョブ?」
「帝統の頭は多少打った方がいいかもしれませんがね。はて、中王区のお役人様はご無事でしょうか」

 二人が声をかけるが返事はない。どうしたことかと訝しげに覗き込もうとしたところで帝統が勢いよく起き上がった。猫のようにパッと飛びのいて、〇〇から大きく距離を取る。

「事故だッ! お前らも見たよな!? な!?」

 帝統は必死の形相で乱数と幻太郎を交互に見る。どういうことか二人が判断しかねていると、ゆっくりと起き上がり、床に座りこんだ〇〇が先ほどまでの勢いが嘘のように小さな声でぽつりと呟いた。

「…………ファーストキスだったのに…………」

 続いてポロリと涙が零れる。一瞬にして事態を悟った乱数と幻太郎の脳裏には同様の言葉が浮かんでいた。あー、やっちゃったね。
 次第にこみ上げてきたようで、〇〇の瞳からは次々と大粒の雫が落ちていく。帝統の方はどうしたらいいのか分からないと言わんばかりにオロオロと視線を動かしている。

「うぅぅ~……っ」
「わ、悪かったって……。けど事故だしよぉ……。不運な出来事だったと思ってお互い忘れようぜ、なっ?」
「そんなことできるかぁっ……! 嫁入り前の、清い体の唇を奪っておいて……。うぅ……。責任取って結婚しろぉ……」
「ハァッ!?」
「ぶふ」

 〇〇はいたって真剣な様子だったが、乱数は堪えきれずに噴き出した。ちょっと面白くなってきたかも。幻太郎の方も「おやまぁ」と着物の袖で口を抑えて、乱数と同じようなことを考えているらしい。

「いやお前……結婚なんてそう軽々しくするもんじゃねぇだろ! たかだかキスくらいで」
「たっ、たかだか……!? 軽々しく……!? 私の唇を、お前はその程度だと思っているのか……!?」
「そ、そういうことじゃなくてよぉ!」
「なんてやつだ……。他人がどう感じたかの心内なんてまるで考えていないんだ……。やっぱりみんな言っていた通り、男なんて最低な生き物なんだ……」
「ふむ、みんなとはどなたです?」
「中王区の……、先輩とか……同期の子とか……。外の男はみんなケダモノみたいだから気を付けてねって言ってたのはこういうことだったんだ……。私が油断したばっかりにぃ~……」

 ひぃんと泣きやむ様子がないどころか、「おかあさんごめんなさいぃ~……」などと余計に感情が高ぶっているようだった。助けを求める必死な視線に、乱数と幻太郎は顔を見合わせ、そうして大きく帝統に頷いて見せた。天の助けを得たとばかりに帝統の顔が明るくなる。

「大変申し訳ございません。ウチのドラ猫が多分にご迷惑をおかけいたしまして……。乙女の大切なものを奪ってしまったこと、もはや責任を取らせるしか償う術はないことでしょう」
「ほーんと! ショックだったよねえ。〇〇オネーサン、かわいそ~。よしよ~し。ボクたちがぜーったい責任取らせるから、これからどうするか、ゆ~っくりお話しよーネッ」
「お、おまえら……」

 帝統はがっくりと肩を落とした。この場に味方は無く、自分は彼らのオモチャになるしかないと運命を悟ったのである。己の運命を呪いながら、「ウン……」と乱数に肩を撫でられる〇〇を見やる。コイツは俺と同じようにオモチャにされようとしてるとは気付いてねーんだろうな、と帝統はほんの少しだけ同情した。


2023/08/21 初公開
真面目だけどアホの子な中王区っ子に振り回されてほしいの話。帝統に乱暴された話を無花果様と乙統女様にしてもう一波乱あったらいいな