ミスアンダースタンディング・ダンシング 05

『明日晩飯食って帰ろうぜ』
「オアッ……」

 その日届いたメッセージは、いつもと内容が違った。一緒に帰るばかりでもどうしたらいいか分からなくてビクビクしているのに、いきなりこんなに距離を詰めてこられるとは。というかいつも思っているけど、本当に山田二郎くんはどういうつもりなんだろう。一緒に帰ってるときだってろくに会話が無いのだ。二人でご飯に行ったって楽しい食事になるとはとてもじゃないけど思えない。
 私たちは一応、建前の上では付き合っているという形になっている。多分。なのだけど、私はやっぱり山田二郎くんのことがあまりよく分かっていない。山田二郎くんだって、私のことを知りたいという風にはちっとも見えない。やっぱり色んなことの口実に『彼女というポジションのやつ』が必要なだけなんじゃなかろうか。あっ、もしくは「ないかも」と思うようになっていた、彼の財布にされる説。食事に誘われたということは、もしかしたらこのセンだってまだ無きにしもあらず。財布の中身を一応確認する。お小遣いを貰ったばかりだから、平均的高校生の食事なら二人分でも大丈夫だと思う。
 『わかりました』といつものように簡潔にメッセージを返す。どちらにせよ、私に拒否権は無いのであった。


 山田二郎くんについていくまま、流れでやってきたのはファミレスだった。駅を挟んで学校とは反対側で、うちの生徒はそこまで多くない。家族連れや社会人も多いから、端の方の席につけば同級生が来たって特に気にされることはないだろう。それもまあ、一緒に来ているのが山田二郎くんというとても目立つ人でなければの話ではあるけれど。

「なに食うか決まった?」
「あ、ハイ……」
「んじゃ店員呼ぶわ」

 ダブルハンバーグセットを頼む声を聞いてそっとメニューの価格をチェックする。よし、問題ないはず。
 店員さんが行ってしまうとやっぱり無言の時間になった。だってなに話したらいいかどころか、雑談をするような間柄なのかもよく分からないし。メニューやスマホを見ていてなにか言われても怖いので、大人しく座って視線だけウロウロさせる。あ、レモンとチーズのスイーツフェアやるんだ……。ちょっと気になる。

「……アンタ、こういう店ってあんま来ねえの」
「えっ、いえ……。ときどきは来ます」
「甘いモン好き?」
「まあ……、人並みには……?」
「ふぅん……、そっか」

 比較的会話が続いた方である。なにこれ、面談? そこで店員さんが私のスープクリームスパゲティを持ってきてしまって、また沈黙が訪れた。カトラリーに手を伸ばせずにいる私に、山田二郎くんは分かりやすく怪訝な顔をした。

「食わねえの? 冷めちまうだろ」
「あ、や、山田くんの料理がまだ来てないですし」
「あァ? ンなの気にすることねえよ。あったかい内に食った方が美味いじゃん」
「えっと……、じゃあ失礼して……。お先にいただきます」
「ん」

 気まずさを覚えながらもフォークを取る。あったかい方が美味しいのはその通りだし。……うん、美味しい。ほうれん草がいっぱい入ってるの好き。ふと視線を上げると、山田二郎くんに思いっきり顔をそらされた。あ、ハンバーグセットも来たのか。食べてるととりあえず場が持つので助かる。

「……てかさあ、山田くんてなに。喋り方もずっと敬語だし。もっと普通にしねえの」
「ふ……、ふつう、だと思うんですが」

 山田二郎くんのようないかにもヤンキーといった相手に対する普通の定義がそもそも難しい気もする。でもお互いによく分かってない関係なワケだし、おそらく現状は適切な距離感ではないかと思う。

「ならいいけどよォ……。山田くんってのは、その、ヤメロよな。俺兄弟多いし、名前で呼ばれる方が慣れてっから」
「そ、それなら……、じ、二郎、くん?」
「ンん……ッ! お、おう、まあ、いいんじゃねーの」

 止めろと直球で言われるくらい機嫌を損ねてしまったようなのでちょっと怖かったけど、どうにか悪くない選択肢を選べたらしい。持ち直せてよかった。  その後は特になにもなく黙って食事を済ませた。あとから食べ始めたはずなのに、山田二郎くんの方が先に完食していた。量も向こうの方が多そうだったけど、これが男子の胃袋というものか……。すごい。
 ごちそうさまを言って紙ナプキンを置いてから、伝票を手に取る。うむ、私の財布の中身で大丈夫。確認して改めてホッとしていると、正面からピッとそれを奪われた。

「なに取ってんだよ。これくらい俺が奢るって」

 そう言われた瞬間、脳裏にはホームルームで配られたプリントのことが思い出された。『若者に犯罪行為をさせようと近寄ってくる不審者には、警戒心を解くために親切な友人のように振る舞うケースもあります。そうしてフレンドリーに近付いて「友だちだろ」「あのときよくしてやっただろ」と言葉巧みに罪悪感を煽って犯罪行為へ加担させ、なし崩しに反社会的なグループにまで誘導しようとするのです』。春休み前に気を付けろよと注意されたアレ。
 これはきっとアレと同じパターンなんだ。名前呼びや一緒に食事をすることでフレンドリーな感じにさせて、奢ったりして貸しを作らせて「あのときの分、いいだろ? 付き合ってんだしさ」とか言ってもっと高いもの買わせたりするんだ。今日までのことはこれからの布石にすぎないんだ……!

「いっ、いえ! 大丈夫です! 私が払いますから!」
「うわ……っ!? え、い、いーって! アンタは気にすんなよ!」
「いえ本当に! お気遣いなくぅ……!」

 伝票を取り合ってぎゃんぎゃんと攻防を繰り広げる。周囲のテーブルの目を集め、店員さんの困った視線に気付いたところで、それぞれ別に会計してもらうことになんとか落ち着いた。  あっ、山田二郎くんにめちゃくちゃ反抗してしまった形になったけど、それはそれでまずかった気がするような。最近は山田二郎くんにも慣れてきた気がしていたのに、その日はまた胃の痛い夜を過ごした。


2023/03/09 初公開