ミスアンダースタンディング・ダンシング 02

 現代高校生の必須アイテムといえばスマホである。調べものするによし、電子書籍読むによし、音楽聞くによし、ゲームするによし。ご多分に漏れず私も時間さえあればスマホをぽちぽち見る平均的高校生だった。だけど、今日は違う。いつもの充電位置に収まったスマホを重い気持ちでチラリと見る。あれは呪いのアイテムと化してしまった。
 山田二郎くんから「付き合えよ」と実質下っ端宣告を受け、逆らえずに「ひゃい」などと答えてしまったのはつい数時間前のことだ。私の返事に「ん」と短く反応したあと、彼はポケットからスマホを取り出した。

「IDなに?」
「あ、えっ」
「連絡先。交換しようぜ。スマホ持ってねえの?」
「あ、ります」

 反射的に本当のことを言ってしまったので、観念して鞄からスマホを取り出す。「画面出して」片手で手早く操作する山田二郎くんに促されるまま交換コードの画面を開いた。ブブッ、とスマホが小さく震えて、『二郎』という新しい連絡先が追加されたことを示す。ひええ。慄いている間にすかさず『二郎』からメッセージが届いた。11桁の数字が並ぶ。

「それ俺の番号。ちゃんと登録しといてな」
「はっ、はひ」
「ン。……じゃ、ワリィ、今日にい……家の手伝いあるんだわ」

 気ィつけて帰れよ。そう言って軽く手を振った山田二郎くんは平然と階段を下りて行った。一人残された私はと言うと、しばらく茫然とその場で立ち尽くしていた。たっぷり数分棒立ちになっても事態がちっとも飲み込めない。図書室でのんびり読書という気分でもなくなってしまって、そのままよろよろと帰途についた。そして今に至るというわけである。
 連絡先を、交換してしまった。私のスマホに山田二郎くんの連絡先が入っているし、山田二郎くんのスマホには私の連絡先が入っている。つまり、これは……、いつでもお前のことなんか呼び出せるということだろう。目の前で交換したのだから、知らない人からのメッセージだと思ってスルーしてましたなんて言い訳はきかないぞと、そういうことなんだと思う。怖い。さすがに今日はもう暗いので今すぐなにか買ってこいなんて言われはしないだろうけど、明日アレ持ってこいとか財布にいくら用意しておけよとか、そういう類の連絡はいつ来てもおかしくない。
 午後の授業までは平和に過ごしていたのに、どうしていきなりこんなことになってしまったんだろう。もう機内モードにしておこうかな。それともいっそスマホを破壊してしまえば……。

「ひえっ!」

 現実逃避が破壊的な思考にまで及んだとき、悩みのタネのスマホが小さく震えた。暗かった画面がパッと明るくなる。噂をすればなんとやら。山田二郎くんからのメッセージの通知だった。
 どうしよう。できれば見たくない。でもこれがもしなにかの要求のメッセージでそれを無視してしまったとなれば、明日からの学校生活がどうなるか分かったものではない。無いとは思っていたけどまさか今から来いという呼び出しなのかな。三回深呼吸して一度ぎゅっと目をつむり、エイッと気合を入れてメッセージを確認する。

『これからよろしく』
「ギャッ……」

 スタンプも絵文字もない、たった8文字だけの簡素なメッセージ。く、釘を刺されている。明日からちゃんと山田二郎くんの言うことを聞くように、連絡先を握られてることを忘れるなよという念押しのメッセージだろう。
 呼び出しやなにかの命令じゃなかったのは助かったけど、既読をつけてしまった。山田二郎くんがこれからどんな要求をしてくるつもりなのか分からない。購買で飲食物を買ってこい程度であればまだ許容範囲だ。比較的平和に過ごせる可能性がまだある以上、既読スルーなど反抗的に見られるかもしれない態度は取りたくなかった。
 ええと、返信をしなくちゃ、なんて返せば……。たっぷり5分考えて、さすがにこれ以上放置するのはまずいかもという焦燥感が大きくなってきた。『わかりました』とだけ打ちこんで、祈るような気持ちで送信ボタンを押す。どうか機嫌を損ねませんように!
 うう、と呻いて突っ伏してすぐにまたスマホが震えた。山田二郎くんからの返事は、のほほんとした犬のキャラクターが親指を上げているスタンプ。い、いちおう……、セーフと思っていいだろうか……。普段友だちとやり取りするときはスタンプの後に追加のメッセージが来なければ終わり、という流れが多い。だけど山田二郎くんとのやり取りで、考え無しにそうしてしまう気にはなれなかった。

『おやすみなさい』

 そろそろ日付も変わる。時間も時間だし、挨拶をするのが無礼ということはないだろうから、許されると思いたい。いや、不良ならむしろ夜に起きて色々やっているのかも……。考えを振り払って布団に丸まった。今日はスマホはベッドには持ち込まないぞ。恐ろしい現実ではなく、ぬくい夢にゆったり浸るんだ。
 その夜は「山田二郎くんに呼ばれてたよ」と人づてに聞くけれど肝心の彼が全然見つからずに方々を散々走り回る夢を見て、あまりよく眠れなかった。


2023/01/23 初公開