モブの少年と夢主と一郎

 萬屋ヤマダなんか紹介するんじゃなかった。
 だってあのときの〇〇姉ちゃんは本当に困っていて、だけど俺はガキだからどうしてやることもできなかった。それでイケブクロでは知らない奴はいない萬屋ヤマダなら姉ちゃんの助けになるだろうと思って、俺が〇〇姉ちゃんを萬屋ヤマダに連れてった。
 ずっと〇〇姉ちゃんのことが好きだった。俺が通ってる学童にバイトで来ている〇〇姉ちゃん。将来は教師になりたいって言ってたから、俺の学校に教育実習で来てくれねえかな、なんて妄想したりして。自慢じゃねえけど俺は学校ではそこそこモテる方で、運動会ではリレーの選手に選ばれてキャーキャー言われたりするし、バレンタインにもチョコレートをけっこう貰う。今はガキだからって相手にされなくても、大人になればきっと姉ちゃんに相応しい男になって振り向かせることだってできるって、本気でそう思ってた。
 姉ちゃんを驚かしてやろうって、後ろからこそこそ近付いたのもよくなかった。
 たまたま偶然に夕方の公園で〇〇姉ちゃんの後ろ姿を見かけたんだ。学童以外で姉ちゃんに会えるチャンスなんて滅多にないから、嬉しくなって調子に乗ってバレないようにこっそりと後ろから近付いた。近くに寄ると、姉ちゃんは一人じゃなくて誰かと一緒にいるみたいだった。相手は一郎くんだってこともすぐに分かった。ああ、俺が連れてったあとも姉ちゃんは萬屋ヤマダに依頼してるっぽかったもんな。今日もなんか頼んでんのかな。オトナの話をしてるんだったら突っ込んでかない方がいいかも、そう思ってたそのとき。
 公園の端っこ、木の陰になった目立たないそこで、姉ちゃんは一郎くんにそっと抱きしめられていた。一郎くんの胸に寄り添う姉ちゃんの俯いた顔が少しだけ見える。俺が見たことのないくらい、幸せそうな目をしていた。〇〇姉ちゃん。ビックリして思わず足元で音を立ててしまう。一瞬、一郎くんと目が合った気がした。

「もっとひとり占めしてえから、ぎゅってしていいか?」

 なんて言ったかまでは分かんなかったけど一郎くんの声がして、二人はもっとぎゅっとくっつき合った。嘘だろ。心臓がぎゅーっと握りしめられたみたいに苦しいのをごまかすようにして、俺は家まで必死に走り続けた。その晩は夕飯を残してお母さんに珍しがられ、初めて風呂で一人で少し泣いた。
 萬屋ヤマダなんか、紹介するんじゃなかった。


2023/12/17 初公開
一郎は大人げないと思う